父と母


両親の仲が良くない。そう気づいたのは小学生のとき。 仲が良くない、というより母が一方的に父に冷たい。理由は分からなかった。聞けなかった。
二〇一九年の夏、父が亡くなった。まだ若い、と言う人もいる年齢で。私の記憶に残っている限りでは、父は三度、入院をしている。 一回目は実家であるS県の病院で。当時は私も実家を離れ、K県で働いていた。一人目の子どもが生まれたのもこの時期だ。詳しい病状は分からなかったが(おそらく、母が隠していたのだろう)、糖尿病の類だったと思う。父は多少弱ったように見えるも、二か月ほどで退院することができた。しかし、父が入院していた間の母の暮らしを想像すると、今後のことが心配になり、実家を引き払ってK県に来るように勧めた。引越しが実現したのは、その年の冬のことだった。 二回目の入院はF市にある大きな病院。母は、毎日のようにタクシーやバスを使って父の看護をしていた。母の顔には疲れが見えるようになっていた。 しかし、その疲れた顔と反比例するように、父にかける言葉は優しく、丸くなっているこに気づいた。 奇跡的に退院できた父だが、その後すぐに三度目の入院をすることになる。今度はC市、私の住む街の総合病院。きっと、ここが終点となる。父の看護(そのときはもはや「介護」であったが)に関わる全ての人間がそう思っていたと思う。予想を裏切らず、父は入院してすぐに、眠るように亡くなった。 病院にいる間、もしくは2回目の退院以降に家にいる間、母の態度は明らかに違っていた。きっと、母なりに父の最期を悟っていたのだろう。 病院で父の臨終を前にして、母は静かに、それはそれは静かに涙を流していた。 両親の仲が良くない。そう気づいたのは小学生のとき。 その理由を、まだ聞いていない。いつか聞きたいと思っていたが、あの日の母の涙で、どうでもよくなった。 父と、母は、私が考えているよりずっと深いところでつながっているのだと思う。


(神奈川県・H.K)