誰にも迷惑かけずにポックリ逝きたい


生前の祖母の口癖だった。僕の祖母は80歳を越えても病気ひとつしない健康体だった。外食へ行ってもステーキなら500グラムをペロリと食べてしまう大食漢で、どんな料理も出されたものは必ず残さず食べていた。子どもながらによく食べることが健康の秘訣なのだと思っていた。
そんな祖母が90歳になった頃、急に家族に対して訳もなく怒り出すようになった。今まで誰かに対して怒りをぶつける光景は見たことがなかったので驚きだった。
「あんなに優しい人だったのに……。」
母は泣いていた。祖母の豹変ぶりに戸惑っていた。また、病気になってから祖母の顔つきが変わってしまったのだ。僕も祖母に会いに行ったとき、優しかった顔が鬼のような形相になっていたことにショックを受けた。まるで別人のような顔つきになっていた。
祖母は初期の認知症を発症してしまったのだ。それからすぐに祖母は病院へ入院し、母が介護することになった。
「病院に来なくていいよ。ひとりの方が気楽だから……」
見舞いに行くとよく祖母はそう言った。病気ながらも人に手間をかけさせたくないという祖母なりの気遣いだった。また、よく食べる祖母だったが食欲も徐々になくなっていった。
「食べられんのが一番つらいわ……」
祖母がさみしそうにつぶやいた顔が忘れられない。あれだけ食べることが好きだったのに、段々痩せ細っていく姿が見ていて一番つらかった。
そして入院後1ヶ月もたたないうちに祖母は老衰で亡くなってしまった。91歳の大往生だった。生前、よく言っていた「誰にも迷惑をかけずにポックリ逝きたい」という言葉を思い起こさせるような最期だった。
「本当に手間のかからない介護だった。ありがとう、私も最期はそうありたい……」
そうつぶやいた母の言葉が印象的だった。最期まで優しい人だった祖母。その優しさは今、母と僕に受け継がれている。


(岐阜県・T.M/男性)