それぞれの時代


私がヘルパーとして働きだしたときに出会った、1組の老夫婦の事について書きます。

夫は認知症がどんどん進み、妻は足腰が弱くなり、2人で生活していける1日1日をとても大切に暮らしていました。夫は戦争で外地にも行き、命からがら日本へ帰ってきたとか。妻には戦地での事は何も言わず、これまで過ごしてきたようです。

ところが認知症が進むにつれ、自宅が戦地となり、ときにはホウキを銃を持つ格好で、「敵襲来」と叫び、ドア越しに隠れたり、家に人が訪ねてきても、「襲来」と叫び、隠れたりと、日を増すごとにひどくなっていたようです。私が言っても、怯えたように隠れては、大声を出しては走り回ることもあり、妻はただただ変わっていく夫の姿に戸惑っていました。

ある日、訪問した時妻に夜は寝れているか尋ねると、こんな話をしてくれました。夫が、戦地で亡くなった友の名を呼んでは泣いていると。夫は戦争から帰っても、一言も天地での話はしなかったが、今の夫の姿を見て初めてどれだけ過酷な状況で戦ってきたのか、大切な人を目の前でなくす悲しみや苦しみを味わったのか、を知ることができたと。日本は終戦から何十年とよく言うが、戦争へ行った人たちの戦争は死ぬまで続くことを悟ったと。あまりにも辛い体験が故に、誰にも言えず心にずっとしまってきたのかと思うと、妻は毎日涙が出てくると話してくださいました。

戦争を知らない私には想像することしかできませんが、どの時代を生きてきたかはその人の価値観にも大きく影響することを感じました。あれから何十年も経過しましたが、私が今も介護の仕事を続けている原点となった出来事は、迷ったり苦しくなった時必ず立ち返ることになり、私を支え続けてくれています。

 


(愛知県・K.F/女性)