エピソード
「おねえちゃん、あたしおばあさんと間違われちゃったよ。デイルームに行ってたら、他のつきそいの人が母さんに『おばあさんのつきそいですか』って聞いたんだよ。母さんの方がおばあさんなのに。」と言った。
私は困り、「その人、目が悪かったんじゃない?」と言った。
長い脚、長い髪、元気な時の妹は颯爽としてかっこ良かった。闘病9年。癌は妹の顔から生気を奪っていった。
母と交替して付き添った私は、病院の帰りに淡い桜色のリップクリームを買った。翌日、パートが終わったあと急いで病院に行き、リップクリームをとりだした。「これ、使ってみたら?旦那さんが容易してくれたものもいいけど、これ、うすい色があるから明るく見えるよ。」
「いいね、優しい色だね。ありがとう。」
「駅前でついでに買っただけ。ところで五目御飯でおにぎり作ってきたけど、食べる?」
「今はいらない。」
「それじゃ冷蔵庫に入れておくから、母さん来たら食べてもらおうかな。背中さすろうか。」
「うん、少しさすってほしい。」
妹は横になり、私は背骨がういている背中と腰をさすった。
「痛みはないんだけどね。だるくてだるくてしょうがないの。だるいのも、つらくてね。」妹は細い声で言った。
私は幼稚園の先生をしていた妹の、明るくてちょっとかん高かった声を思った。
「子供たちといると、自然とこんな声になっちゃうんだ。」妹は言った。
もうずいぶん前になるけれど、妊娠中の私が妹の車に乗って買い物に出かけた時、公園で遊んでいる子供たちが車を見て「先生ー!」と手を振った。妹は「幼稚園の子元気でしょ。」と言った。
そう、いつだって妹は明るくて周りを元気にするパワーを持っていた。
家族の中で誰よりも若い妹は、誰よりも長く生きているはずだったのに。病気は時に哀しすぎる。
私が背中をさすっているうちに、妹は眠ってしまった。それから一か月後、妹は桜を待てずに逝ってしまった。
写真の中の、少し元気な時の妹は、桜の下、風に目を細めほんのりと笑っている。
(北海道・S.A/女性)