明日


90をいくつか過ぎ、母が入院した。胸が苦しく、呼吸がしづらいのだと言う。入院後すぐ様治療が施されはしたが、症状は一向に改善されず、徐々に私は主治医に何の期待をも抱かなくなり、合わせて医療の限界をも思い知るのだった。回復の兆しさえ窺得ず、長引くばかりの入院生活。母の介護ほど、前途に希望の光1つ見出せず、張り合いのないものはなかった。母自身、次第に気弱となり、私のほんの帰る素振りをも見逃さず、執拗に引き止める。

月日の勤めをどうにかやり繰りし、限られた時間病院に駆けつけている身である。そうそう余裕などあろうはずがない。母の言葉の終わらぬ内病室を飛び出していることも間々あった。ある日私はわざとらしく時計に目をやると、そそくさ出口に向かった。扉に手をかけたものの、何やら胸騒ぎを覚え、ふと振り返った。「明日…」なんと母はそう言うではないか。「うん明日」思わず私もそう返していた。明日に寄せるわずかな期待。この入院の間、これほど心弾む嬉しい約束を交わしたことがあっただろうか。

この先病状が改善されることなど望むべくもない。それでも明日もこの息子の来訪を心待ちにしている母がいてくれる。母は懸命に生き、そんな母に明日もまたここで会えるのではないか、そう考えると深く垂れこめた暗雲に一条の光が差し込む思いに。一切のうっ屈から解放され、これから先の介護にわずかばかりの希望が兆した気さえした。私は改まった思いで、えいとばかり扉に手をかけた。


(大阪府・A.N/男性)