私のために長生きしてほしいと願っている。
私は毎週後半、母と兄が暮らしている実家に通っている。母は90歳。3年前に父を見送った後、週に1回のデイサービスを楽しみながら、家事を何とかこなしている。その年齢にしてはしっかりしているが、さすがに最近は物忘れが増え、背中も一層丸く足元も危うくなってきた。
私が手助けするのは、買い物や通院介助、兄がしない布団干し、庭木の剪定もする。実家に2、3泊し、その間に必要な用事を済ませ、土曜か日曜に自宅に戻る。その時、毎回、私は「また来るね。何かあったら電話してね」と言い、母が「ご苦労さん。また頼むわ」というのが決まりだった。が、ここ2週間続けて母が「またよろしくお願いします」と丁寧に言うようになった。一度目はあまり気に留めなかったが、二度目に聞いた時「あ、まただ」と思った。普通に「じゃあね」と別れたが、自宅に帰るまでも帰ってからも、母のその言葉を思い出して切なくなってきた。
農村の貧乏な百姓家に生まれ育ち、極端に恥ずかしがり屋だった母はそんな言葉遣いをする人ではなかった。今、母はどんな気持ちでいるのだろう。私を頼りにし感謝してくれているのは確かだと思う。10年ほど前には末っ子の私のために「もう少し長生きしてやりたい」と言っていたのに、いつしかそういう言い方をさせてしまっている。原因は私にあるのかもしれない。私はため息をつく。私はいまだにどこか母に甘えている。高齢になった母の気持ちを考えずに言いたい事を言ってしまうときがあるのだ。その母の言葉が気兼ねから出たものだとしたら、実に申し訳ないと反省した。
次に実家に行ったら、口うるさく言ってしまう事を詫び、私の方こそ母を頼りにし実家に来るのを楽しみにしているのだと言おう。あなたが産んで育てた娘なのだから、世話を掛けていると気兼ねなどしないでほしい。私のために長生きしてほしいと願っている。
(和歌山県・S.K/女性)