お父さんは、私の目標やねん


ある企業のCSR活動に寄せられた「あなたの心に響いた『たった一言』はなんですか」の作文から深く心のしみたお話しを紹介します。

2年前のある日、家族で食事に行った帰りのことです。 夕食をすませ、自宅まで歩いて帰る途中、信号のある交差点にさしかかりました。 交差点の歩行者信号は「赤」でしたので、信号が変わるのを待っていたのですが、 道幅も狭く、車もまったく通らなかったので、渡ろうと思えば、簡単に渡れます。 私の家族も、信号が「青」に変わるのを待ってから渡ったのですが、そのとき、私の横にいた高校2年の長女が、こう言いました。

「やっぱりお父さんは信号が変わるまで渡らへんかったなぁ。私の思ったとおり」  

「どういうこと?」 

「お父さんは、人が見てても見てなくてもルールは守ると思ったから。この前も偶然見かけたとき、今と同じように待ってた。 多分、信号に限らず、何事もルールは守ってるんやと思う。そんなお父さんは、私の目標やねん」 

単身赴任で、週末に帰っても、娘との会話は小言がほとんどで、そんなことを考えていたとはまったく思いませんでしたので、本当に驚きました。 確かに、管理職として所員の模範となる行動をしなければと意識はしていましたが、 思わぬところで、しかも娘に認めてもらったこの「一言」が、恥ずかしくも大変うれ しかったし、がぜんやる気が出たのを覚えています。 

「親の背中を見て子は育つ」といいますが、この出来事から、常に意識して行動する ようにしています。また、率先垂範の意味についても改めて思い知らされました。 

現在も、娘との関係は良好です。ただ、目標にはしてもらったようですが、理想の男性とまでは、いかないようです……。頑張らねば。

この作文を拝読し、強く思うことがありました。 なぜなら私自身が、ちょうどそのとき、「赤信号では渡らない」という訓練をしている 真っ最中だからでした。 「赤信号では渡らない」 これだけ聞くと、一見当たり前のことのように思えます。 これが、なかなかできません。

「このくらいなら大丈夫」 「こういうケースなら渡ってもオーケー」 と、赤信号で渡っているうちに、基準がどんどんゆるくなってしまう。 「このくらいならいいだろう」という考え方を、ほかの場面にも広げてしまうかもしれな い。 その心のネジのゆるみ具合が、仕事のミスや、暮らしのトラブルにつながるのではないか、と思ったのです。

 交差点で、信号を待つあいだ、「バカじゃないの」と自分でも思うことがありました。 でもなかには、一緒に並んでじっと信号が青になるのを待っている人たちもいます。 ちょうどそんなときだったのです。例外を一つ認めてしまうと当たり前になってしまいます。この作文を読んだのは……。 「正直者は、けっしてバカを見ない」のだとホッと救われた気持ちになりました。


出典:志賀内泰弘 著「眠る前5分で読める心がほっとするいい話」