脳梗塞で急きょ入院した母を、病院へ見舞う度に、玄関に飾られている花々が、遠くから通う私たち姉妹の心を、なごませてくれた。病院まで二時間は軽くかかり、母の見舞いの為に通っているだけなのに、到着した途端に、とても疲れを感じていた。

「お母さん、今日も瑞穂と美登里が見舞いに来たよ!体はどんな具合?まだ痛みがとれんの?いけんねえ。」方言を交えて母に話しかけた。
すると四人部屋に入院していた母が、ゆっくりと身体を起こした。それまでの硬い表情が、見舞った私たちを見た途端に、みるまにゆるんだ。
「よう来てくれたね。ずっと今まで時計を何回も見て、まだかまだかとイライラしながら、待っちょったんよ」
しわの増えた顔。?せた身体……。鼻の奥がツーンと痛くなる。「ごめんね。遅くなってしもうて」率直に母に謝ったものだ。

そうこうしている所に看護師さんが、一人入って来られた。
「吉村さん、体温をはかりましょうね」
その包み込むような言葉かけが、なんとも優しい。母は体温計をわきに挟んだままじっとしている。
「看護師さん、嫁が持ってきてくれたあの花は、どうなっちょりましたか?」と尋ねる母。
「ああ、あの花は玄関先に飾りましたよ。お嫁さんが、大事に育ててこられた花ですもの。玄関で確かめてみてね」
看護師さんは、笑顔で応えて下さって、部屋をあわただしく出て行かれた。

この会話だけでは、様子が良くわからないので、詳しいことを後で母から聞き出した。それは兄嫁が自分が育てた花を、母の病室に見舞いで持参したのだとか。花好きの母は入院する前には、自分の手で花や樹木を育てていた人だった。
だから丹精込め栽培された嫁のお花の手土産が嬉しくて、看護師さんに「この花、嫁が育てたんですよ!」と、自慢せずにはおれなかったようなのだ。

私たち姉妹が感動したのは、その時の看護師さんの対応だった。「ステキな花ですね。早速玄関に飾らして頂きましょう」
突然の入院先では知り人もいず、誰とも話をすることのなかった母。満たされないその母の寂しさを素早く察知して、玄関先の大きな花瓶に、わざわざ生けて下さったのだ。
ナースコールで昼夜を問わず、患者から呼び出される看護師さん。患者の身体には注意を払われても、あまりに多忙故に、その心の奥までを推し量るのは、難しいと思えるのだが………。

母が帰り支度をした私たち娘を見送る為、病院の玄関先に一緒に出た。玄関には大きな花瓶が置いてあった。多分入院患者さんからのお花だろうか。美しい花々が花瓶からあふれんばかりに飾ってあった。すると
「この花!ウチの花が、ここに生けてあるよ。あんたらあもよく見てちょうだい。これが恵子さんが持って来てくれたウチの花なんよ。」
その花は決して豪華ではなかったが、ひっそりと片隅の方にいけてあり、目立ちはしないけど、花本来の持つ素朴な美しさを放っていた。
子どもみたいに、思わず大声をあげて兄嫁の持参してくれた花を見つけて、喜んでいた母………。
(看護師さん、母の気持ちを汲んで、忘れずにいけて下さっていて、ありがとうございました)心の中で看護師さんにお礼を言う。自然と目頭が熱くなってきた。


(佐賀県・S.N/女性)