母のそばで眠る


もう自分の力では、ベッドから起き上がることも、自分の足で歩くこともできなくなってしまった私の母
木村紀子、88歳。施設に入って迎える3度目の秋。
夕食は、ヘルパーさんに、着替え、おむつ交換をしてもらうと、母はすぐ静かな眠り駅を立てた。
午後6時。
どんな夢を見ているのだろう。
働き者で何でも手作りした。
私の洋服、味噌、ジャム、梅干し。なんでも大切にした。
糸1本、紙1枚。そして、家族。
父が入院して2ヶ月。認知症のせいか、父のことを口にしない。
福祉タクシーで、病室へ連れて行くと、
「お父さんどうしたの?」と子供のようにびっくりするほど大きな声で言う。
「お父さん、お腹を壊したの」と私は小さな嘘をつく。
「何食べたの?ばかだね」
黒い瞳は、人を疑うことを手放したかのように住んでいる。
「お母さん帰るよ」
「私、ずっとここにいる」
「また明日ね」
「ここにいる」
私の母の車椅子を少し乱暴に押し、病室を後にする
寂しそうな父の顔。
施設に戻り、2人でバナナを食べる。
「おいしい?」
「うん、とても」

夜、母のベッドのそばに布団を教えて横になると、「あんた風邪ひくよ、毛布もう1枚かけなさい」と母の声「うん。大丈夫だよ」母の顔を覗くと、そこには子供の体を心配する母親の顔があった。
かつて、母が私のそばで寝たように。
安心な眠り。
この細やかで尊い時間。
私は、「ありがとう」とカーテンを開けて月に言った。きれいな月に言った
母に、父に、届くように。
願いを込めて。


(北海道・H.T/60代・女性)