お母さん


「引っ越し先の掃除をする」というのが、墓参りの際の母さん、あなたの決まり文句でした。そんなあなたが、供花を提げたまま、墓参りから帰って来て、「探しても墓がなかった」と言います。認知症の疑いが、私の頭をかすめました。
そんなある日、道で転んだあなたは左腕を骨折。心療内科と外科の通院が始まり、要介護2の判定に、不本意なあなた。昔できたことは今でもできる。助けは要らない。あなたの背中がそう叫びます。でも、料理を始めると、水道は出しっ放し。冷蔵庫の扉は開いたまま。トイレには自分で行けても、ペーパーが一人では切れずに悪戦苦闘します。
次第に無気力になったあなたは、近頃よくうたた寝をします。もう九十歳。仕方がありません。昼間から寝そべるあなたを、私は起こしません。あなたにだって、得意技があるからです。昔のことを正確に覚えているのです。だから私は、話の聞き役を務めようと決めました。あなたのプライドを壊さないために。


(大阪府・H.W/60代・男性)