人間の「自己表現欲求」は満たされないとより増大する


年をとると、なんだか仏頂面が多くなると電車の中で感じませんか。自分の前の座席に座っている人々をざっと見回したとき、高齢者を見て、「どうしてあんなに面白くないという顔をしているのだろうか」と、ふと感じることがあります。アメリカの表情研究の論文でも、「高齢になるとあまり笑わない。それは物事に対する感受性が鈍ることと、表情筋が硬くなることが理由だろう」という論文もあります。これについては、私は正確な実験データによって第2章で反論しますが、一般的にはそう思われているわけです。

では、どうして高齢者の方が面白くない顔をしているのだろうかと考えたときに、ハッと理由に思い当たりました。

会社で現役の頃は、例えば上手に書類ができれば上司が褒めてくれました。子供の頃だってそうです。宿題がちゃんとできたり、スピーチや歌が上手ければ、先生が褒めてくれました。親も褒めてくれました。会社に入って偉くなれば、「社長、なかなかすごいアイディアですね」などと部下もちゃんと称賛をしてくれます。ところが、定年退職したり、子供が巣立ってしまうと、会話をする相手もどんどん減ってくる。「偉いですね」とヨイショしてくれる相手もいない。

女性の場合も同じで、子どもが巣立ったところでママ友との会話が減ったり、「忘れ物はないか」、「宿題はやったのか」と次々声をかけていた自分のお役目が減って、「空の巣症候群(empty nest)」に陥ります。私の生き方はこれで良かったのかしら、というわけです。中高年になって、自分が素晴らしいことをしたから相手に感謝されたり、褒められたりする時間が減っていくわけです。

ところが、困ったことに、すべての人間は「承認欲求」を持っています。自分らしく生きたいという「自己実現欲求」のベースとなる、他者から承認され、認められたいという欲求です。「称賛の欲求」もここに入ります。

すべての欲求がそうですが、その欲求が満たされないと不満の種が心の中に発生し、その種はどんどん増殖して大きくなります。褒められないと、褒めてくれ、褒めてくれと前にしゃしゃり出て、それでも褒められないと、ふくれてしまうのも同じことです。

さらに、みんな「自己表現欲求」があります。社会で活躍中だったり、育っている最中であれば、自己表現欲求が満たされるのに、大人になり、あるいはさらに定年退職してしまうと、なかなか自己表現欲求が満たされることが減っていくわけです。そこで満たされない自己表現欲求が不満になり、不満が表情筋を硬めてしまい、笑顔が減り、目の輝きが減るということになります。

一般的に「目の輝き」という言葉も曲者で、実際に強いアイコンタクトは3つの要素を持っています。「見つめる方向性」、「見つめている時間」、「見つめている強さ」です。この「強さ」が本当の曲者で、強さとは上の瞼の「上眼瞼挙筋」が目をぱっと見開く力です。年と共にだんだん目の上の筋肉も下がってくるので、パッと相手を見なくなる。そして、つまらない顔をして電車に乗っている。

「私は自己表現欲求が満たされないので、本当に不満ですよ」と顔で言ってしまうのです。そんな不愉快な顔を見て、誰が楽しく話しかけてくるでしょうか。

自分からすすんでにこやかにし、席を譲ってもらったら盛大に「ありがとう」と言い、可愛い赤ちゃんを見つけたら、他人の子でも「アババババ」と語りかけてみませんか。

赤ちゃんはきっと微笑み返してくれます。満たされない自己表現欲求は自分から満たしていきましょう。


出典:佐藤綾子 著「介護も高齢もこわくない」