父と娘のいい関係


山本さん(57歳)には23歳になる茜さんという娘さんがいます。茜さんはお父さん子で、小さい頃はお風呂に入るときも、寝るときもいつも一緒、休日は二人でドライブに出かけていました。その頃の写真をみるといつも二人は満面の笑顔でピースサイン、近所で評判の仲良し父娘でした。

茜さんが小学5年生になったある日、「お父さんとはお風呂に入らない。」と言い出しました。そして次第に父親を避けるようになっていきました。

高校生になると、山本さんが帰宅する車の音がするだけで、自分の部屋にこもってしまい、家の中で顔を合わせるのをさけるようになりました。「お父さんから離れたい。」と言い出し、遠く離れた東京の大学へいき、そのまま就職して戻ってこなくなりました。

寂しくなった山本さんは、茜さんに毎日のようにハガキを書き始めました。「お前のことをいつも思っているよ。」と伝えたくて・・・でも一度も返事はきませんでした。

東京に行って1年目の冬、奥さんと一緒に初めて茜さんの元を訪ねました。

「バイトがあるから。」夜の8時に渋谷駅のハチ公前で待っていてと言われ「なぜ、夜まで待たないといけないんだ。」と聞き返しましたが、「バイト休めないから。」という返事です。

渋谷駅は週末を楽しむ人たちでごった返していました、ハチ公の前で目の前を過ぎ去っていく若い男女を見ながら、山本さん夫婦は「お付き合いしている男性でも紹介されるのでは。」と心配になってきました。

そこへ茜さんがやってきました。「8時までまって。」と言います、「いったい誰が来るのだろう・・・」とますます不安になってきました。

8時になったとき、茜さんが「ほらっ見て!」と正面のビルの大きな電光掲示板を指さしました。そこには「お父さん、お母さん、迷惑かけてごめんなさい。」という文字が映し出されていました。山本さん夫婦は涙で何も見えなくなってしまいました。

茜さんの方を振り返ると「今までごめんなさい、お父さん、お父さんが毎週送ってくれるハガキ、寂しい時・つらい時、いつも眺めていたの。このハガキに励まされて1年頑張ってこれたんだ。本当にありがとう。」と日付順にファイリングされたハガキが握り占められていました。

 

茜さんはお父さんの気持ちをしっかり受け止めていました。ただ、面と向かってそれを言うことができませんでした。メールやツイッターなどのSNSで簡単に他人と繋がれる今ですが、お父さんからのハガキは茜さんにとって特別だったのでしょう。

山本さんは今でもハガキを送り続けています。ときどき茜さんはメールでコメントを送ってくれるようになり「たまに帰ってくるとハガキのファイルを見せてくれるんですよ。」と笑顔にあふれています。

父と娘の関係性については、子どもの頃父親からの身体的接触が多い女性ほど、大人になってからの自己肯定感が高い傾向があり、積極的に社会に向かい、攻撃性も低い傾向にあると言います。山本さんは思春期の娘との関係を遮断せずに、ゆるいハガキで繋いでいたことが新たな関係性を結べたのではないでしょうか。


出典:志賀内泰弘 著「ようこそ感動指定席へ!」