もうすぐ着いちゃうの?

中日新聞の「ほろほろ通信」がきっかけで、桂子さんは児童養護施設で暮らす子どもの「ふれあい家庭」を体験することにしました。体験前、家族会議を開きました。
長男が「よかれと思ってもその子を知らず知らずのうちに傷つけてしまったらどうするの? 」 言った時、桂子さんのご主人は
「そんなことを恐れていたら誰も「ふれあい家庭」なんてできない。 私たちがやらなきゃ誰がやる。もし傷つけてしまっても、その子が社会に出る際にプラスになると考えればいい」その一言で、長男家族も「協力するよ」と言ってくれました。
野球が好きな小学5年のY君がやってくることになりました。Y君は自分の両親のことを一切知りません。
こちらから「この子がいい」と選ぶことができない決まりなので本人に会うのは当日です。
桂子さんの心は不安でいっぱいでしたが、特別なことはせず、我が家のいつもどおりのお正月を一緒にすごしてもらうことにしました。
大晦日、桂子さん夫婦は、小学生の孫と、甥の子どもと一緒にY君を迎えに行きました。その足で神社へ晦日参り、午後から家庭菜園でイモ掘りをしました。 元旦は家族そろって仏壇にお参りをしてから、お雑煮を食べます。
Y君と子どもたちの3人にひとつの部屋を与え、夜も一緒に同じ部屋で寝かせました。3人は4日間、ずっと仲良く遊んですごしたそうです。 最後の日は、家族全員で公園に行き、野球をしました。
ただ、孫がひとり増えただけ。そう感じるほど、自然に溶けあっていたそうです。
野球の話で盛りあがったときに、桂子さんの長男が、「〇〇選手の両親は、よほど育て方がうまかったんだと思うよ」 と口にしました。 すかさず、掘りごたつの下で、長男のお嫁さんが、夫に足蹴りを一発! 長男は、心の中で(しまった~!)と反省したのだとか。お嫁さんや、家族づきあいしている友人・知人の協力のもと、4日間をみんなで楽しくすごせたのだそうです
Y君が施設に帰る1月3日の夕方、たこ焼きパーティーで盛り上がったあと、家族6人が2台の車に分乗して、施設へと向かいます。 家を出る直前、Y君が悲しげに言いました。
「もう最後だよね」
「 最後じゃないよ」と言うことはできません、それが「ふれあい家庭」の決まり、次の機会を約束して、かなわなかった場合本人を悲しませることになるからです。
車の中で、Y君は涙こそ見せませんでしたが、何度もこんなことを口にしました。
「もうすぐ着いちゃうの?」
「お腹が痛いからどこかで休もうよ」
「もっとゆっくり走ってよ」
Y君の気持ちが痛いほど伝わり、運転を誤りそうになりました。
桂子さんはただ「うちはね、血がつながっていなくても、家にくる人はみんな家族なんだよ」 と話しました。
後日、写真を届けるため施設を訪問し、「お盆にもY君を迎えたい」と申し出ました。
その後、五年間にわたり、夏休みとお正月にY君をまねき、2017年4月、Y君は志望する全寮制の高校に合格、その高校で、大好きな野球部で頑張っているそうです。
出典:志賀内泰弘 著「眠る前5分で読める心がほっとするいい話」