本当の優しさ


日課の激しいバトル相手であった妻が突然、余命1ヵ月の宣告を受けて肺がんで亡くなると、夫である私の父は、アルツハイマー型認知症を発症した。ひと様へのおせっかいな世話をすることはあっても、自分の事となると一切他人を受け入れない性分の父は、ヘルパーさんを家に上げることも、ディサービスへ通うことの全てを拒絶しました。当初は近隣に住む妹が、時々父の様子見に行ってくれていましたが、自転車で買い物に出かけては迷子になる父を保護した警察からの連絡が頻繁に妹の所へ入るようになると、「何で私ばっかり電話を受けなきゃいけないのっ」と憤り、介護拒否を断言しました。それからは、離婚をしたばかりの私が一人で、父の面倒をみることになりました。子供2人は既に独立をしていましたが、貯金がほとんど無い私は、介護離職をする訳にもいかず、遠く離れた職場と実家を行き来しながら、父に寄り添い続けました。
やがて父は、肺炎や多臓器不全などで、退院を繰り返しながらも、持ち前の生命力で持ち直してくれました。
病院を覗くと、まずは一番仕事で脂の乗りきっていた時代の話をします。長い出張を終えて帰ってくると、妹が「お父ちゃんが、帰ってきたぁ」と大声で叫んで走ってきたというくだりで終わるのです。そして、今度は私の頭を撫でながら、「可愛いな、俺の顔に似てるな。」とニッコリ笑います。「ご飯は食べてきたか?御馳走が作ってあるから、たくさん食べてけ。」「危ないから、暗くなる前にお帰り。また来いよ。」と言いながら、私の手を強く握って離さない、すっかり好々爺となった父に涙がこぼれました。
介護を通して、父の本当の優しさを知ることができた私は、最期まで父を看取ることができたことに心から感謝をしています。


(三重県・K.T/女性)